一年間かけて翻訳したララ・ホーガンさん著の『レジリエントマネジメント』が刊行されました!

ジュンク堂さんにてレジリエントマネジメントが先行販売された時の陳列棚

コツコツと4名のメンバーで翻訳していた、ララ・ホーガンさん著「Resilient Management」の翻訳が完成し、本日、2025年10月27日(Kindle版は11月15日予定)に日本語版がマイナビ出版さんから刊行&発売されました。

この記事では、初めて翻訳のお仕事をさせていただいた体験記、この本の背景や書籍テーマの面白みをお伝えできればと思います。

この本は、プロジェクトマネジメントの分野で取り扱われることが多い、以下のようなテーマは主題から外れており

  • QCD(品質・コスト・期限)のコントロール
  • 要求の落とし込みやスコープ管理

ピープルマネジメントやチームビルディングや組織マネジメントといったテーマが主となっています。たとえば、以下のようなテーマです。

  • チームメイトの育成・成長や、より活躍できるための機会創出
  • ステークホルダーとよりよくなるための関係性や振る舞い
  • チームビルディングや変化への対応

所々、脳科学の視点で認知や心理について言及されており、人間という広いフレームでもモノゴトを捉えています。

はじめてマネージャになった時に、エンジアリング・マネジメントをどうしたらいいか?という方だけではなく、長くマネジメント職をやってきた方にも、きっと響くであろう内容となっています。

社内のメンバーをより高いミッションや責務に担って能力を発揮してもらうために、メンタリング以外にも、スポンサリングやコーチングをどうやって支援していくと良いかといったことなども書かれています。

共著メンバーが、この本の特徴をより詳しく紹介してくれているので、もしよければ見てください。

www.atware.co.jp

はじめに

この本を翻訳するきっかけとして「Lara Horganさんの組織マネジメントの書籍の翻訳者を探しているのですが、もしよければどうですか?」と打診をいいただいたのが、はじまりでした。

ちょうど私は業務で、人事評価制度の刷新に取り組んだ後に、さらなる組織デザインに取り組み、推進・フレーミングをしていた真っ最中でした。このようなエンジニアリング組織や人にフォーカスした書籍も読んでおり、興味あるテーマでしたので強く関心を持ちました。

ただ、私自身が商業出版として書籍を出したこともなければ、英語も堪能というわけではないので翻訳業が務まるかどうかの懸念があることをお伝えしました。

その返信として「たくさん書籍を読んでいて、専門書の違和感を感じたり・よりよい表現ができそうであれば、きっと大丈夫ですよ」と後推しをしてもらい、まずは詳細を聞いてから判断してもらえばよいということでしたので、私以外にも関心ありそうなメンバーを探してみることにしました。

  • 長くアジャイルに関する取り組みをしており、コーチングを主に仕事をしていている方
  • コーチングサークルを主催していて英語も堪能で共通の趣味でプライベートでも付き合いがあるソフトウェアエンジニアの方

に声をかけてみました。 二人とも関心をもってくださり、一緒に詳細を聞いて判断するということになりました。

別途、本件の声をかけてもらっていたデザイナーの方と*1、4人で詳細のお話を聞き、やっていけそうだということになり、この翻訳するという仕事をプライベートの時間でお受けすることにしました。

所属会社には、自社業務で請けずにプライベートで受けることについてPros/Consをあらかじめ相談した上で伝え、合意形成をし、透明性を持って挑めるように調整しておきました。

翻訳をはじめてみて

書籍は5章で成り立っていたので、1章から4章まで一人ずつ担当をして荒訳をし、個々が推敲したものを持ち寄る形にしました。

とはいったものの、お互いが一緒に仕事をするのが始めてのメンバーということもあり、仕事のやり方や進め方もバラバラでは困ったことになってしまうので、まずはチームビルディングしていくところから始まりました。

リーダーを特定の人に決めず、週一回のオンライン定例会とチャットによる非同期コミュニケーションで進めることにしました。また、バージョン管理やテキストの共有方法をどうするか?という相談を初回の定例で行い、Google Docsで行うことに決めました。

大きく意見が分かれることもなく、まずはお互い手探り感で始まりました。

本書籍でいう「形成期」というやつですね。

荒訳をしてみて

私が担当した章は、後半部分でしたので、それまでの章のコンテキストが掴めていないと荒訳をするにしても表現に差が出てくると思ったので、機械翻訳にも頼よりながらさくっと書籍全体の内容を把握することにしました。

自分が担当の章を翻訳し出してみたら、まさに私自身が身に染みて難しい状況に立ち向かっている時に配慮したい、もっとうまく対応したいと思っていたことが書いてありました。

つい書籍の所感を語るモードにスイッチが入ってしまい、深夜にチャットで荒訳した内容を小出しにして刺激を受けたことや持論を語ってしまっていました(笑)

今思えば、そうやって書籍の内容にのめり込むことで、作者が言いたかったことはこういうことなのでは?と、シチュエーションを具体的に想像し適切な表現をできることに繋がっていました。

私が読者として本を読む場合は一つの段落を何度も繰り返し読むということはあまりなく、リズムよく読み進めていくことがほとんどでしたので、読書会など感想戦ともまた違った、本を楽しむという一面を見つけることができました。

本書の 納得できない決定と向き合う という見出しで書いてあるような、センシティブなシチュエーションでは壮大な所感を持ちました。

時には、自分が同意できない情報や信じていない情報を伝えなければならないことがあります。たとえば、会社の戦略目標に役立たないと思う組織再編についてです。時には、自分が同意できない情報や信じていない情報を伝えなければならないことがあります。たとえば、会社の戦略目標に役立たないと思う組織再編についてです。

抜粋:: “レジリエントマネジメント” より

各々が大事にしている意義、手段とゴールと実現についてのイマジネーション、視座の違い、立場の違い、信頼感の有無など、現実ではすべてが絡み合ってきます。ましてや自分が心の底では納得できていないことを他人に伝える時は、よく「伝言ゲーム」と揶揄されるような、通常のケースとはまったく別次元で信じられないようなことが起こったりします。

私自身も「こんなことが起こりえないと思うことが、実際に起こること」について、原著を読みながら訳することで、今までなかった視点を持つことができました。

そんな、自分の心にささったことを翻訳者メンバーとやり取りして、気持ちを共有できたことはこの次に起こる推敲フェーズに大きく役立ちました。

推敲することの難しさ

各自が荒訳とクロスチェックして推敲*2したものを持ち寄ったのですが、意訳の粒度や分かりやすい日本語にするための表現など、他に3人いれば三者三様で、全員で推敲する時にその違いを埋めるところに難しさを感じました。

全員が集まっての推敲はGoogle Meetを使って、対面で一段落ずつ翻訳した文章を音読しながら各自が所感や訂正案などを出していくのですが、原文を見ずにまずは聞いてみる、原文を見た上でもう一度確認してみる。前後の文章で書いてある事との繋がりを鑑みてみる。など、多角的に推敲を繰り返していくと、たった一段落でも議論をしていくと一時間がすぐに溶けていくこともよくありました。

百数十頁あるのに、たった一段落でこれだけ?と、広いグラウンド場を手で少しずつ整備するような感覚です。 初期の段階で二手に分かれてもそれはそれで、最終的に感覚がずれていき、出戻りが発生することが予想できたので、時間はかかってしまいますが、4人で同期的に推敲を引き続き進めていくことにしました。

どうしても、時間をかけてもいい案が思いつかない時や違和感が残る時にはコメントを残して後回しにしてタスクに積むということも多々ありました。(100個を超えていたかもしれません)

一つの章を終えるのに1ヶ月以上かかります。2章が終わる頃には、随分と感覚がこなれてきて、推敲スピードが速くなってきたのですが、序章や1章のあたりとは質が違ってきており、それはそれで後で課題感として持っておきながら対応する方針に。

そうやって、翻訳自体は終わっていても、読者にとって読みやすい文章、誤訳になっていないかのチェック、より伝わる表現へ見直す(文章を短くしたり詳しく説明といったことだけでなく)ことなど、やることは山盛りでした。

少なくとも二周は通しで全員が同期的な推敲をおこなっており、個々が気になる点があり局所的な箇所を推敲したいというケースもあり、膨大な時間とエネルギーを使いました。最後は期限と納得感とのすり合わせをして、着地したのですが、メンバー間で雑談もたまにしつつで、個人が内容以外の言いたいことも伝えて、良い関係でいられたというのが、長い期間をやりきれたポイントだったんだろうなと、ふりかえり会のトピックで話題になりました。

そうやって、共著・共訳の難しさを実感しました。もちろん一人で翻訳しても分量や期限や多角的な視点(レビュー)で難しさもでてくるでしょう。

今まで気にかけず、話題になって読んできた名著と言われる本の数々、私は読んだことがないけど世にでている本の訳者にリスペクトを持ったということは、想像に容易いと思います。

査読・校正・脱稿に向けて

出版会社の編集担当者や識者(第三者)のレビューを受ける段階です。

査読者には、私の知人を頼って謝辞にも掲載させていただいている西川さんと岩瀬さんに査読を依頼して、引き受けていただけました。

西川さんはvim-jpコミュニティを通じた知人(といっても対面での面識がなかった)です。普段の発言の様子を拝見したり、チャットでのやり取りを何度かさせていただいたことがありました。自身でも「入門Jenkins」など複数の著書を執筆されていたり、直近でもいくつかの書籍を査読を担った実績があったりして、商業出版の経験豊かな方で、所感とフィードバックをたくさんいただきました。

もう一名の、岩瀬さんはWeb上で原著「Resilient Management」について日本語で言及している数少ない方のお一人でした。「これからマネージャやリーダーになる方に対して」という、社内で使ったスライドを抜粋して公開していたのを拝見して、マネジメントやリーダーシップに関する大事な視点・要点をついていて私自身の心にも響く内容でした。

その公開されていたスライドで記載されていた会社名が、知人が働いている会社でしたので、ぜひ繋いで欲しいとお願いして紹介いただきました(のちに現在の所属は異なっていると教えていただきました)。脱稿スケジュールの関係もあって、岩瀬さんが時間がとれそうな時期感も含め、ベストエフォートでという形でしたので、一部だけとなりましたが、とても参考になるフィードバックをいただくことができました。

お二人にはあらためて感謝のお言葉を送らせてください。

また、出版社の方には、編集チェックをいれていただきながらも、翻訳者の意向を尊重していただくことも多く、日本語タイトル名の検討、出版社・印刷スケジュールなどの各種調整などをしていただきました。校正フェーズに入った終盤は、短いスケジュールながらもブラッシュアップや私たちが作業をしやすいように配慮していただくなど、裏で支えてもらい、ありがとうございました!

最後にブラッシュアップした内容で随分修正が入り、自分としてもさらに良くなった印象を持ったので、今できる状況の中で渾身の本ができたと自身でも納得できました。

最後に

一つの書籍が生まれるのに、こんなにエネルギーと情熱を持って取り組めるとは想像できていませんでした。自身が成し遂げることができたことに感謝と驚きを持っています。

この本が、一人でも多くの方に届き、この本の書いてあることで「役に立ったよ」「参考になったよ」、読み物として「面白かったよ」と感じてもらえることが訪れるといいなと思っています。

この本はいくつかの組織マネジメントやエンジニアリングマネジメントの書籍でも参考文献として紹介されているので、合わせて読むとより楽しんでもらえると思います!

長文を読んでいただきありがとうございました。

合わせて読みたい

組織マネジメントの面で活躍しているララ・ホーガンさん*3やレジリエントマネジメントについて、言及している書籍を何冊か紹介します。

The Manager's Path を書き上げるために、ララさんのマネジメントのやり方を参考にしたとのことで、レジリエントマネジメントの「序文」はカミール・フルニエさんからのメッセージとなっています。

  • 第一章の書き出しでエンジニアリングマネジメント分野におけるキャリアをテーマにした書籍として
  • スタッフエンジニアの役割のひとつであるメンターとスポンリングについて
  • 書籍内でインタビューとして取り上げられてる複数人の方から言及

など多数、ララさんやレジリエントマネジメントのことが語られてます。 シニアの先にある、より大きな責務を持ったスタッフエンジニアの必要性を感じている組織の方が読むと、面白いと思います。

「書籍がメンターの一人となる」とこちらの本では語られています。 その本の一つとして、レジリエントマネジメントが挙げられています。

SNSや言及記事のご紹介:

何名かの方に献本をさせていただました。 刷り上がったのが発売日直前だったため献本を受け取って暫くしてから、感想をいただける方もいるかと思いますので随時追記してきます。

note.com

mattn.kaoriya.net

kakakakakku.hatenablog.com

snoozer05.hatenablog.jp

Photo:

紀伊国屋書店新宿本店さんへ家族と一緒に行って手に取って購入させていただきました!

別コーナーでは、あのドナルド・ノーマンさんの本と横並びで陳列いただいていました

Open Source Conference 2025 Tokyo/Fall の出版社ブースで購入してくださった方と会話できました

ジュンク堂書店池袋本店さんのエスカレーター横の新刊コーナーで陳列いただきました

同池袋店の「SE読み物」の棚に!ピープルウェアやTeamGeekなどと同じ棚で感極まりました

書店の店員さんに定番の自身が本を持っている写真を撮っていただいたのですが、ここでは割愛して、Xや発表スライドなどでいつか紹介させていただくかもしれません!

*1:この翻訳書籍のカバーやDTPの担当というわけではなく、翻訳者の一員としてです

*2:文章をよりよくしようと再考し、表現や文章構成などを作り直すこと

*3:ハイパフォーマンスの分野でも活躍しており